2008.10.09

新しいファイルをつくるとき

最近、ほとんど更新をしていない。
つらつら考えると、どうやら新しいファイルをつくるときらしいと気がついた。

ポートフォリオは、ある程度たまった段階で、ワーキングポートフォリオからプレゼンテーションポートフォリオへと作り替えていく必要がある。

そのころには、ワーキングポートフォリオも新しいものを作る必要があるのだ。

というわけで、このblogの更新は停止して、これからは新しいところに書き込んでいきたいと思う。
<国語教師Hal's Lesson Study>それが、新しいファイルのタイトルになるはずだ。

ではでは。

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2008.05.28

生き物として生きる2

さて、光村図書の教材文「生き物として生きる」は、「説得力のある文章を書こう」という「書く」題材と組み合わされている。そこに「根拠を明らかにしよう」とか「異なる立場から見直そう」と書かれているのをみると、この教材文の「根拠」や「立場」も考えてみたくなる。

この文章の中で、筆者の主張が明快に書かれているところは2カ所。

(A)人間が誕生するまでに、脳や心臓などをもつ複雑な体がどのように形作られているのかはまだよくわかっていない。ということは、安易に人間が手を加えることによって、予測できない結果が生まれる危険性もあるということになる。思い通りにしたいという気持ちには歯止めをかける必要性がある。

(B)生き物は思い通りになるものではないと考えた方がよいようだ。確かに便利になるのはありがたいことだけれど、便利さだけを求め、それが最もよいことだと考え、生き物にまでそれを当てはめようとするのは間違っているのではないだろうか。

「便利さ」=「思い通りにする」ということであるので、この2つの記述がほぼ同じ内容を示している。しかし、微妙に違ってもいる。

(A)は手を加える対象は人間だけれど、(B)は生き物が対象
(A)は「よくわからないから」という留保条件がついているが。(B)は、そういう条件はなく、むしろ「思い通りにならないのが生き物」というような主張が感じられる。

実は(A)の記述は形式段落の(12)、(B)の記述は、形式段落の(16)に書かれている。

このことを、「前回問題にした(13)〜(15)の部分が蛇足か」につなげてみると・・・。

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2008.05.26

生き物として生きる

古巣の福井大学教育地域科学部附属中学校の研究集会が6月6日に迫ってきた。
中村桂子さんの「生き物として生きる」を採り上げるという。先日の事前検討会のあとで,この教材についてあれこれ考えたことを書いてみたい。

この文章は,
序論・・形式段落(1)~(4)
本論・・(5)~(8),(9)~(12),(13)~(15)
結論・・(16)(17)
のように分けると,教科書会社の指導書には書いてある。

しかし,内容を考えると
(1)から(4)・・・機械による便利さを享受する現代
(5)から(8)・・・生き物にも便利を要求する現代
(9)~(12)・・・人間も思い通りにしようとする現代
と,なめらかにつながっており,
「機械」「生き物」「人間」という順番で「便利」=「思い通りのことができること」の是非を考えていると,読みとる方が自然だ。

むしろ(13)~(15)の方が内容的には異質で,
これまで問題にしてきた「便利」主義とでもいうべき考え方の背景にある「遺伝子についての知識」について述べている。

こう考えると,

本論・・(1)~(4),(5)~(8),(9)~(12)
? ・・(13)〜(15)
結論・・(16)(17)

とでも分けた方が自然である。
そう思って結論部分を読み返すと(16)(17)は(13)~(15)がなくても問題なく読めることに気づく。
「遺伝子」という言葉さえも登場しないのだ。そこから,「(13)~(15)は不要か」という問いも立てられるかもしれない。

ちょっと長くなってきたので,このへんで切ります。

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