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2007.04.15

柳先生のこと

附属中学校時代の同僚、尊敬すべき音楽教師、柳伸明さんがお亡くなりになった。

柳さんは、前任者のあとを受け、総合的な学習と密接に関わった音楽科カリキュラムのデザイン、リデザインに取り組まれた方である。

その授業実践はユニークであり、しかも(筆者のごとく)アイディアだおれに終わることなく、緻密に構成されており、長期間に渡って磨き上げられ、完成の域に達していた。

その力量は、疑うべくもなく高かった柳さんであるが、虚心に同僚教師のアドバイスに耳を傾けてくれた。
外部のゲストティチャーを招聘することにも積極的であった。それも、単発的なものでなく、長期にわたるものであった。それは、柳さんの人柄を表すものでもあるけれど、ともに授業をつくるというスタンスがあったからであろう。
その姿勢は、子どもたちに対しても貫かれていた。歴代の生徒指揮者、音楽委員長との関わりは、単なる教師と生徒とのそれではなく、共に音楽を愛する同志のそれであった。

附属中学校の音楽を核とする学校文化の創造において、あまりに大きな貢献をされた柳さんは、今春から、その居場所を大学へと移し、これまでとは違った形で研究実践を進められるはずであった。
「もう、附属でやり残したことはない」と言ったと伝えられる柳さんであるが、全国音楽研究大会の事務局を勤めておられたこともあり、福井の音楽教育と教師教育とを、さらにリードされることは疑いもなかった。

あまりにも突然の訃報に、我々の誰もが言葉を失っている。

なんてよそよそしく書いてきたけれど、柳さんは高校時代の合唱部の先輩でもあり、附属での仲間でもある。
その喪失感はあまりに大きい。だって、まだ44歳だよ。通夜の席では、号泣する卒業生たちに声をかけていた自分だが、柳さんの死からもう数日が経過している今でも、本当は僕が泣きたい気持ちだ。

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コメント

高間先生、こんにちは。附属中学の卒業生です。
最近一人で寂しいとき、ついインターネットで柳伸明と検索してしまいます。そしたらこのサイトをみつけました。

私にとって柳先生は、クラス担任であり、合唱部顧問であり、音楽委員の先生であり、いつもいっしょにいた存在でした。

亡くなる数日前に、教育実習がんばれと、メールをいただきました。

去年、附属中の同級生をなくし、ただでさえ苦しかったのに、1年間で2人の大切な人がいなくなってしまい、本当に悲しいです。

わたしは今年、教育実習生として音楽を教えます。柳先生に相談したいこと、いっぱいあったのに。。。そう思うたびに涙がでます。

今は、わたしが先生におそわった音楽のすばらしさすべてを、生徒達に伝えたいと思うばかりです。

急なコメントすみませんでした  2002年度卒業生

投稿: タツコ | 2007.05.14 22:13

コメントありがとうございます。
このblogに柳先生のことを書こうと思ったのは、通夜の席で「先生、blog見てます」と、卒業生に声をかけられたのがきっかけでした。先生の思い出、このような形でも、書くことが先生への供養になればと思っています。

タツコさんは、今年教育実習ですか。ぜひ子どもたちとがんばって格闘してきてください。

投稿: halt | 2007.05.16 23:45

3cからきました。
Nさんに、「柳伸明」と検索すると先生がかいているらしきブログがあるとのことで検索したら一番上にでてて驚きました。
プロフィールみた瞬間にわかりましたw

柳先生のことは亡くなってからもう1ヶ月以上たつのか、と時の流れる早さを感じ、顔を思い浮かべます。部活で柳先生ととても親しかった後輩が入ってきて、亡くなったときとても元気がなく心配でしたが、今はいつもの明るい顔をして共に部活に励んでいます。

なんてよそよそしくコメントしているけれど、最近あった中間テストで現代文41点というある意味新記録な点数を叩き出した自分にいい文章がかけるはずもなく、ここらへんで終わっときます。
PCのやり過ぎか・・・これ書いちゃうと誰だかばれるなw

投稿: 名無し@3c | 2007.05.23 20:20

コメントありがとう。
自分も明るい顔して仕事に励んでます。
でも、時にふと思い出して悲しくなるよ。

PCのやり過ぎは体に悪いから気をつけてね。
いい本読んでね。ではでは。

投稿: Halt | 2007.05.25 01:07

同級生である柳君が亡くなったと聞いて絶句。
県外に住んでいるため、葬儀にも行けなかったけど、彼の残した業績は?と思い、ふと検索していたら、ココにたどり着いた。
アンタも立派な教師になったのだね。プロフィールの写真を見て大笑いだ。

そういえば、同じく福井で音楽教師になったとばかり思っていた辻端氏もいつのまにか川崎で声楽家に(??)なっていた。
彼のオペラも観た。あのギター少年がなぜモーツァルト?みたいな・・・

高校卒業から四半世紀を経て、それぞれの活躍を頼もしくもうらやましくも思いながら、離れた地でPCの中で会える人がいることを不思議にも思う。

これからのさらなる活躍を期待します。

投稿: とりあえず、君の先輩 | 2007.09.15 19:41

突然はじめまして。
ネットサーフィンしていて、こちらにたどり着きました。

伸明君のことが書いてあるので拝見しました。

伸明君(私は伸明ちゃんと呼んでいた)の死は突然でした。
親戚ですが、もうここ数年は互いに忙しく
会う機会はありませんでした。
小さいときは、よくケンカしたものです。
今となってはそれも懐かしい思い出です。

それが久々に会ったのが、昨年のお葬式になるとは。
人の死に慣れているはずなのに、
それがあんなに悲しいことだったとは。

火葬場に行く前、中学校の前に立ち寄ったことも
まだ覚えています。
バスの中の親戚たちは、その様子に誰もが泣いていました。

伸明ちゃんにはどんな友達がいたんだろう?
伸明ちゃんは何を考えていたんだろう?

私は先生とは無縁の生活を送っていますが、
これからもこちらのブログに立ち寄らせていただきますね。

投稿: はな | 2008.01.02 01:57

突然すみません。
福井大学の音楽科4年の岡田と申します。
柳先生の附中最後の年の教育実習生です。
実習中は、毎日夜遅くまで残る僕たちに付き合ってくださり、親身になって相談にものってくださいました。またよく飲みにも連れて行ってくださいました。深夜まで、「音楽」や「教育」について熱く語り合ったのを覚えています。
先生の存在は自分たちの中でとても大きく、亡くなってからもさらにどんどん大きく膨らんでいます。
先生のような素晴らしい教師になれるかどうかはわかりませんが、柳先生の教え子らしい教師になるために、これからも頑張っていきます。

投稿: 岡田 | 2008.01.06 01:32

岡田さん はなさん
コメントありがとうございます。
最近更新していませんが、今でもこのエントリだけはアクセスしてくださる方がおられます。ご親戚の方、同級生、後輩、同僚、教え子、それぞれの方にとって思い出があるのだと思います。
お亡くなりになっても、私たちがそうやって思い出し続ける限り、柳先生は、ある意味生き続けるのではないかと思っています。
論文その他の業績についてもネット上で閲覧できるとよいのですが・・。

投稿: halt | 2008.01.07 23:11

伸明君はとても素晴らしい人たちに囲まれていたのですね。
離れていて滅多にあうことはできなかったけれど、
一周忌の時期が終わり、人がいなくなることの寂しさを
感じています。

人は死んでも、周囲の人の心に居続けるといいますが、
皆さん素敵な方ばかり、やはり行き続けるんだ・・・。

でも、やっぱり伸明君はいない。
居ないことの寂しさ、無念さを感じます。

私自身、いろいろあった一年でした。

投稿: はな | 2008.04.29 00:48

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